震災初日
twitter・facebookでは近況を書いていましたが
3日ぶりにちゃんとパソコンが使えるようになりました。
プチ震災日記です。
3/11。
都内で打合せの予定だったが、
3/14からの海外出張までに
体調を整えておく必要があったため、
自宅で静養中に被災。
最初は3/9と同じくらいの揺れかと思ったが
揺れはおさまるどころか徐々に強くなる。
タンスから引き出しが
押し入れから衣装ケースが飛び出てきたため
慌てて起きて隣のリビングへ。
妻はいち早くガスストーブを消して
食卓の下に避難。
その食卓は揺れでカーペットの上を滑り
妻は動いてないのに食卓の下にいたりいなかったり。
自分は落ちかけてきた液晶テレビを死守。
台所では転倒防止器具をつけている食器棚の扉が開き
中にあった食器が降っている。
冷蔵庫の扉も開き、食材が飛んでいる。
玄関の戸に鍵がかかっているのを思い出し
液晶テレビは横倒しにして玄関に飛んでいき
倒れていた靴箱から飛び出した靴を
ドアの隙間に挟んで逃げ道確保。
揺れが少し収まったのを確認して
ガスの元栓・電気のブレーカーを落として
妻を食卓の下から引っ張り出し
クルマの鍵と携帯と財布だけ持って
戸を開けたままにエレベーターホールへ。
お隣さんで人の気配があったから
声をかけてみたら奥さんが動けずにいた。
奥さんにもクルマの鍵と財布と携帯だけ持つように伝え
ガスの元栓とブレーカーチェックをして
戸を開けたまま一緒に14階から1階まで階段で下りる。
駐車場では同じように出てきた人がいっぱい。
ひとまず愛車に妻とお隣の奥さんを乗せて待機。
隣の建物に、職場の先輩一家が住んでいるが
確か先輩は都内に出ていたはず。
急いで階段を駆け上って先輩の家を訪問。
先輩の奥さんが子供2人と外に出ようとしていた。
エレベータは動いていないため
1人を乳母車にのせたまま階段で外に連れ出す。
愛車に戻った直後に
2回目の大地震到来。
車に乗っていても上下左右に動く動く。
そんな中でも配達にくるネットスーパーと新聞屋。
実家や親戚には何とか連絡が取れたものの
隣の市に住む義理の母だけ
どうしても連絡がつかないとのこと。
お隣の奥さんには
お隣の家のクルマで待っててもらうことにして、
妻の実家に愛車で向かう。
駅近くでは電車に乗れない人であふれているが
路線バスだけは動いていた。
停電していないのは自宅付近だけだったようで
しばらく走ると交差点で警察官が来ていないために渋滞開始。
妻の実家までの10km弱の間は
特に建物の大きな被害もないし火の手も上がっていないが
ところどころが地割れや隆起で段差が激しい。
液状化で水が出ているところも。
妻の実家は真っ暗だったが
義母は無事で一安心。
安否確認だけをしてすぐに自宅に戻る。
隣の奥さんに声をかけて
自宅の状況確認のために14階まで上る。
エレベーターホールの電気がついていたから
停電にはなっていないことを確信。
とりあえず自宅に入ったら
足の踏み場もないほどしっちゃかめっちゃか。
冷蔵庫から飛び出た
らっきょうと食べるラー油臭が充満。
薄暗くなって来ているし
この惨状を今日片付けるのは不可能と判断。
必要最小限の着替えなどだけを持って
お隣の奥さんに挨拶だけして
再び妻の実家へ。
心筋梗塞で入院中の義父を安心させるために
妻と義母の3人で病院へ向かう。
検査中に自身が襲ってきたらしいが
無事を確認。
たまたまその日がムンテラの日だったために
担当医からこの後のことを確認。
もうしばらく入院が必要とのこと。
この状況だったら、自宅よりも病院の方が安心だ。
妻の実家に戻る。
まだ停電中で月明かりだけが頼り。
こんなに星が見えるところだったんだ。
上着をきて、こたつに入ってパンと水を飲みながら
ラジオで情報収集。
夜10時前になって
電話機からピッという音がしたのに気づく。
もしかして、と思って落としていたブレーカーをあげてみたら
電気が普及。
明るい。暖かい。ほっとする。
すぐにポットでお湯を沸かしお茶を飲む。
夜中も相次ぐ余震で家はゆれる。
緊急地震速報も何回もくる。
でも、布団に入って横になれたことは
すごい幸せだった。
続きはまた時間ができたら。
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